「対話の教室」は、ウェルビーイングを育むための“対話”をやさしく、深くひもといていく連載コラムです。長年「対話」を専門に研究・実践してきた中村一浩(カズ)さん(武蔵野大学ウェルビーイング学部 准教授)に、対話の背景・考え方・技法をわかりやすく綴っていただいています。
会話と対話って、ほとんど同じように聞こえませんか? でも実は、その“向き合い方“に大きな違いがあるんです。今回は、日常のコミュニケーションを少し見つめ直すヒントをカズさんと一緒に探ります。
会話と対話の違いを見つめる

みなさん、こんにちは。カズです。
前回は、対話が日本にどのように広まっていったのかと、そもそも対話とは何かについて、お話しました。
今回は、対話と会話を並べてみて、どう違うのかを深掘りしてみましょう。
さて、前回は対話のこと「相対して話すこと」だとお伝えしました。
それでは、相対して話すことを通じて、皆さんは何を得ることができるのでしょうか。
その1つのこたえは、「理解」です。
つまり、他者と自分と相対して話すことを通じて、より深く他者と自分のことを理解できるようになるのです。
会話では何が起きているのか

でもそれって、普段の会話でもできているのでは、と思いませんか。
学校行って友達と喋って、とか、会社で同僚と雑談して、とか。
色んな場面でたくさん話しているよー、と。
そういう会話と対話、何が違うのでしょうか。
会話が関係性をつくり、対話が理解を深める

おそらく、会話のほうが、モノゴトやヒトの表に見えているところを中心に扱っていて、対話になると、より深いところを扱っているのではないかと思います。
つまり、会話によって話しやすい「関係性」をつくり、その後、対話によってお互いのことより深く「理解」する、という関係です。
この深める時間のことを「対話」と呼ばず、過ごすことも多いのではないかと思います。
(深夜の海で語り明かした、とか、なんとなく友達と朝までダベってて、とか)
けれど、振り返ってみると、そういう時は何の制約もなく、ゆっくりと時間を過ごすなかで、相手の体験に深く共感したり、自分の気持ちをじっくり味わってみたりと、他者・自分と向き合っていると思うのです。
“向き合う”とはどういうことなのか

つまり、向き合うというのは、無理矢理にそのことを見つめる、のではなく、相手やその状況に【意識を向けて、思いを馳せる】ということなのです。
日常の言葉だと、共感する、沁みる、味わう、といった感覚に近いものかなと。
対話には心の余白が必要

そしてそれをするには、心のゆとりが必要です。
焦って、何かに追われているときは、するのがとても難しい。
なぜなら、自分のことで精いっぱいだから。
そうではなく、時間の余裕もあるし、心の余白もあるときに、じっくりゆっくり時間をかけているときこそ、対話の空気は生まれやすいのだと思います。
過去の体験を振り返ってみても、多くの場合が、きっとそうだと思います。
自分は焚火が好きなのですが、焚火をすると、そこには自然と対話が生まれます。
きっとそれは、焚火を囲んで座る人たちにとっての余裕と余白が、焚き火によって生まれるのでしょう。
次回――対話はどうウェルビーイングとつながるのか
さて、次回は対話がどのようにウェルビーイングにつながるのか、そのことについてもお話ししましょう。お楽しみに。
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